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横浜下町パラダイスまつりとは?
ART LAB OVA
ART LAB OVA
異文化×異世代ミックス・ジュース
「横浜下町パラダイスまつり」

毎年夏の終わりに、横浜最後の名画座シネマ・ジャック&ベティを中心に、日本、タイ、韓国、中国など近隣の人々や商店を巻き込んだアートな祭りと映画祭を同時開催。港横浜の裏通りの魅力を密やかに探求しています。
Centering around Cinema Jack & Betty, the last traditional cinema house in Yokohama, we are going to host art and film festivals involving nearby stores of Japan, Thailand, Korea and China. We explore charms of back streets in covert and look for the new feature of the downtown with multinational children.
<写真は、帽子おじさんと家族劇団「山縣家」>


●会場
  ①横浜パラダイス会館(シネマ・ジャック&ベティ1階)
②横浜市中区若葉町界隈

●主催
  ART LAB OVA
アートラボ・オーバ
*アーティストがへんてこかわいいことをしているプロジェクト

●共催
シネマ・ジャック&ベティ
*横浜最後の名画座とミニシアターをもつまちの映画館


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2012年11月20日

★横浜最古!?根津輪業【曙町|自転車屋】

オーバの自転車を野毛の事務所に駐輪しておいたら、どうやら当て逃げされたらしく、仕方がないので、自転車屋に行った。

野毛の交差点近くにある「じてんしゃ-102 かわもと」の<明治27年6月1日『河本商店』として、人力車、配達車の製造販売が始まりです。>というのに惹かれて行ってみたが、偶然定休日の火曜日に当たってしまい断念。
http://jitensha-102.com/

本日、二の酉の混雑を避けて、曙町方面に出たら、たまたま根津輪業の前をさしかかったので、いかにも「職人」風情の親父さんに修理をお願いした。
この親父さん、昭和2年生まれ。
このお店もなんと明治28年創業だという。
「自転車屋としては、一番古いかもしれないな。戦前までは、横浜スタジアム前の相生町に店があって、配達用の自転車をアメリカやヨーロッパから仕入れて販売していたんだ。戦後は接収されちまったんで、ここに移ってきたんだ」
85歳とは思えない、確かですばやい手さばきで、ちょいちょいと修理してくれた。

ありがとう親父さん!

▼有限会社根津輪業
神奈川県横浜市中区曙町3丁目32






  

2011年06月30日

★サクマ美容室【若葉町|美容院】

昔からつくづく、「美容院と病院は、行きつけを探すのが難しい」と感じている。
フリーペーパーについてくるクーポンの使える美容院はたいていイマイチだし、仕方なく、1000円カットに通うが、1ヶ月ももたないし、髪質までバサバサになってしまい…。
これだったら、4000円払って3ヶ月もたせたほうがいいのではないか?ということで、自分にしては大金を払って、こぎれいな美容院にいって、やっといいなあと思った美容師に出会ったと思ったら、すぐ辞めてしまった。

なるほど、最後の手段は、まちに昔からある、とっても敷居の高い「美容室」しかない!
彼らは、簡単に店を辞めたり、閉めたりしないし、技術もあるにちがいない。
しかも、きっと地元に詳しい。

ということで、3月上旬に、裏道の2階にある、とっても入りにくい美容室にいった。
わたしを担当してくれたお兄さんは、この店=この道20年のベテランで、平楽中学出身という、めちゃくちゃ地元民。
しかも、おじいさんは、地元の墓場の墓石屋だったという!
カットはいいし、いろんな裏話は聞けるし大満足。

そして、今回は、若葉町のサクマへ。

Photomemo

シャンプー+カット+ブロー3990円。
そう覚悟して入ったのだが、「ドライカットなので、シャンプーはどうしますか?」
カットだけだと2500円だというので、カットだけにしてみた。

感じのいい、きれいなママさん。
この店をはじめたのは8年前、2003年。
だけど、平成元年=1988年からこの辺りの美容院で働いているので、少なくともキャリアは23年以上。

8年前、この店は、それまで長く続いた理容室で、それこそ、すごくレトロな内装だったらしいが、それをリノベーションするのに相当苦労したらしい。
*見たかったなあ。

このサクマの目の前には、創業40年以上だったまちの中華屋「精華園」があったのだが、昨年9月に突然閉店。
「精華園」のママさんが病気したのかも?とすごく心配していたのだが、単なる立ち退きで、ママさんは、今も元気でこの辺りをよく歩いていると聞いて、安心した。
▼横浜下町アートでたんけん報告3日目
http://downtownart.hama1.jp/e118044.html
*若葉町の風景の何割かは「精華園」が彩っていたと思う…。


それにしても、このたった8年で若葉町はずいぶん変わった。
この同じ建物内でも、8年前から変わらずあるのは、奥の刺青師「彫光」だけだという。
▼刺青保存會「横濱彫光」【若葉町|刺青屋】
http://downtownart.hama1.jp/e115780.html

いやあ、このプロジェクト、今回も大満足!
もちろん、カットも最高です。
しかも、たったの2500円なんて夢のよう。

次回、次の「地元の入りにくい美容室」に行くのが楽しみです!

追記:
ママさんとお話していて興味深かったのは、昔の美容院は、「フケ取り」というサービスがあったという話。
切った髪の毛を集めて、それで髪をもむ?と、フケだけが落ちてくるのだそうです。
また、髪の毛の分け目のところをツゲのクシで「2」の字を描くようにして、フケを飛ばす技もあり、ママさんは、それがすごく上手かったとか。
「昔は1週間に一度、多くても二日に1度しか髪を洗わないのが普通だった。
ホームレスの人で、頭がはげている人見ないですよね。
そんなに洗わなくとも大丈夫なんだと思う。」

たしかに、わたしの祖母(1989生まれ)は、椿油で髪を整え、月に1度しか洗わなかった。
1970年ころの創刊当時のアンアンには、「2~3日に1度は洗髪しましょう」と書いてあったと思う。
毎日洗髪って、バブルのころに始まった、まだ新しい習慣なんだよなあ。
サクマのママさんが、「フケ取り」技術を発揮していたのは、いつくらいの話だったのか、次回聞いてみたい。






▼横浜下町パラダイスまつり*よこはま若葉町多文化映画祭2011

●会期 2011年8月27日(土)〜9月04日(日)
     (映画館での上映は9月02日(金)まで)

●会場 1)シネマ・ジャック&ベティ
       横浜パラダイス会館
       横浜市中区若葉町3-51

     2)横浜市中区若葉町界隈


●主催 ART LAB OVAアートラボ・オーバ
     *アーティストがへんてこかわいいことをしているプロジェクト
     http://artlabova.org
     
     よこはま若葉町多文化映画祭実行委員会

●共催 シネマ・ジャック&ベティ
     *横浜最後の名画座とミニシアターをもつまちの映画館
     http://www.jackandbetty.net/





  

2011年02月01日

★尺八おじさんふたたび!

横浜下町パラダイスまつり2009では、帽子おじさん、拳銃おじさん、切り絵撤去おじ­さんなど、様々なおじさんが、横浜パラダイス会館に現れ、様々なハプニングをおこして­くれました。

そして、その後も、おじさんたちは、横浜パラダイス会館に立ち寄ってくれています。

あれから1年半。

唯一、いつまで経っても現れなかった「尺八おじさん」がやっとやってきました。




尺八おじさんは、毎週土日、日ノ出町の場外馬券場で馬券を購入した後、馬車道まで、尺­八を吹きながら歩いていき、そして、尺八を吹きながら、馬車道ランチを探し、そして、­尺八を吹きながら家路につくのが習慣だといいます。

たいてい、馬車道に行ってしまうので、あまり、黄金町のほうには来ないらしい。

今日は、あのときの私たちだと思わずに、「外で一服したいのですが火を貸してください­」といって、尺八片手に横浜パラダイス会館に入ってきた。

「おじさんしばらくだね~。」ということで、一服のあと、おじさんの年や昔の職業など­を聞いた。

昭和21年生まれ。川崎出身。
小さいときから海が好きだったので、プロの「潜り」(潜水夫)として、全国の海やダム­などの主に建築現場を廻って来たという。

「また、こっちにきたら、立ち寄ってね~」ということで、最後に一曲吹きながら去って­いきました。

やあ、尺八おじさん、いい人だなあ。

  

2011年01月27日

★ザキの赤灯台「ピアゴ」【伊勢佐木町|スーパー】

伊勢佐木3丁目にあるスーパー「ピアゴ」は、2009年まで「ユニー」という名前で、なんのへんてつもない、寂れた感じの地域のスーパーマーケットだ。

ところが、終戦直後の長者町に育ち、米軍の接収解除後の若葉町で、コーヒーショップを営んでいた「ミスター若葉町」にインタビューをしたときに、あのなんてことない「ピアゴ」が、あの有名な「ザキの三大百貨店」のひとつ赤灯台の松喜屋の建物そのままを使っていると聞いてびっくりした。

米軍接収まで長者町9丁目で、ブリキ屋を営んでいたヅの大叔母の家に、戦時中しゅっちゅうひとりで遊びに行っていた当時小学生であったヅの父も、赤灯台(当時、屋上に赤い灯台を模したものが設置されていたらしい)には、よく遊びにいったとか。
*ちなみに、当時、港にも本当の「赤灯台」があり、やはり「赤灯台」と呼ばれて親しまれていたようだ。

とはいえ、松喜屋が、ほていやに変わったのは、1968年(昭和43年)ころのことらしいので、当時の赤灯台とはいえ、60年代の建築物じゃないかと想像する。
*今度、定礎石を探してみよう

Photomemo
▲現在最上階は、リサイクルショップ。
その踊り場には、ただのスーパーにしてはちょっとこった意匠。

ミスター若葉町によると、戦後の松喜屋は百貨店とはいえ、1階のメイン売り場にボーイスカウトグッズがあるなど、常に客はなくガラガラだったという。
屋上では、ペットが販売されていたとか。

その後、スーパーになったとき、従業員もそのまま働くことができたのに、「百貨店でなくてはいや。」ということで、ほとんどの人が辞めてしまったらしい。

最近、横浜パラダイス会館でだす喫茶の「マサラ・チャイ」用のタカナシの低温殺菌牛乳を購入するために、しばしば「ピアゴ」に通っている。
本日、少し時間があったので、久しぶりに最上階までいって、階段でおりてみた。

するとなんと、ほかのフロアーは全部リノリウムなのに、4階の床だけ、すごくレトロな木製だった!

Photomemo
▲この写真、ネコ缶が写っていなかったらなんの写真かわからないかもしれない。

昭和20年代の「赤灯台」のことを詳しく書いてあるブログ発見!
なんと伊勢佐木町「ジョンジョン」のマスターのブログでした。
http://johnjohn.jp/blog/jb/master/archives/2008/01/post-16.php

<三丁目には、現在「ユニー」の「赤灯台」と
愛称で呼ばれた「まつきや」が在って、
屋上に遊園地があり、
愛称の基である「赤灯台」が立っていて、
人が乗れる飛行機が4台程廻っており
乗っていて伊勢佐木町の真上に出る時は
少し怖かったのを覚えています。

確か此処のエスカレータは野沢屋や松屋より
早かったような気がします。>


▼ピアゴ イセザキ店
所在地:横浜市中区伊勢佐木町3-105
電話番号:045-261-1551
営業時間:10:00~20:00 
http://www.uny.co.jp/shop/183/index.html



  

2011年01月27日

★レトロなお店「荒井黒板製作所」【曙町|黒板屋】

桜木町から戸塚行きのバスに乗るたびに、阪東橋あたりの鎌倉街道沿いに気になるお店が何軒かある。
そのひとつが、「荒井黒板製作所」。

今や、テレビ番組「トゥナイト」全盛だったバブルのころから、ソープ街として有名な曙町にあって、木枠のガラスの引き戸がやけにレトロな黒板屋さん。

Photomemo



黒板なんてめったに購入する機会もないので、今まで訪れたこともなかったが、今回、横浜パラダイス会館に伝言板を設置するために、小売してくれるかも不安だったが、はじめてガラガラと引き戸を開けてみた。

中は、古い木製の床(今風にいえばフローリングだけど…)で、旧式の石油ストーブが、真ん中にデンとある。

奥からでてきたのは、ロマンスグレーの優しそうなおじさま。
ふだんは、近隣の学校に黒板を卸しているということで、いかにも小売には慣れていない感じだが、ていねいに対応してくれる。

実際の値段は、見積もりをお願いしないと出てこないらしいが、カタログにある「目安の値段」は、ネットで、検索した値段の軽く倍以上…。
これは、たぶん、職人さんが、日本人か、海外かの差なのだろう。
地域のこと、日本のことを考えたら、安い買い物…と、いいたいところだが…。
野菜だったら、迷わず国産購入しますが、こういうときこそ、完璧に自分が試されている気がしますね…。


昭和43年1968年創業。
黒板屋さんって珍しいけど、横浜にはもう一軒あるらしい。
*検索したら、保土ヶ谷区和田に鳥海黒板製作所があった。
黒板屋さんとおじさまの雰囲気にすっかり癒され、外に出ると、夕日に照らされた「ガラス屋さん」など、曙町に、何軒か職人の店があったことに気づく。


そういえば、以前、誰かが、「曙町あたりも昔は、風俗の店は表通りになんか出てなかったんだ。全部親不孝通りとか、裏道にしかなかったんだよ。」といっていたのを思い出した。

そして、若葉町も戦前は、「職人の町だったんだよ」って、若葉町の会長さん=畳屋さんが、いってたっけ。




  

2009年12月30日

★帽子おじさん@年末の寿町



帽子おじさんと歩く会。年末越冬闘争中の寿町から出発しようとしたところ、いつもイセザ キモールの路上で唄っている熟年ゆず?的なフォークデュオに出会 いました。
オリジナルソングは次回聞かせてくださ~い。
アー残念なことをしました。

この様子は、2010年1月東京新聞に掲載されます。

  

2009年12月30日

★帽子おじさんの自宅訪問



帽子おじさんこと宮間英次郎さんのお宅の廊下には、帽子と帽子の材料が置いてあります。
現在、広島市現代美術館にて展覧会中で、来年にはパリでの展覧会を控えているので、帽子はひとつしかありません。

2009年12月30日
  

2009年09月29日

★ハマチャリ工場【戸部|中古自転車】

2~3年前、放置自転車の二次利用レンタサイクル「ハマチャリ」で、中古自転車の販売を目にしたことがあった。
そのときは、リバプール・ビエンナーレ関係者のイギリス人をアテンドしていたので、通りすぎたが、ずっと頭から離れなかった。

そして、今回、ヨコハマ国際映像祭CREAMに参加するにあたって、会期中、毎日のように新港ピア(みなとみらい地区)に行かなければいけなくなりそうなので、自転車の購入を思い立った。
毎日のように、若葉町に通っていたときには、周りの風景がおもしろくて、20~30分くらいの徒歩はまったく苦ではなかったが、みなとみらいのあの作られた平坦な地形と風景は飽きてしまうに決まっている。

先日、ハマチャリの前を通ったときに聞いたら、今は、ハマチャリのポイントでは売っていないが、工場があってそこで、販売しているという。

地図を見たら、オーバから高島町の間で、近かったので、てきとうに歩いて探してみた。

想像以上に迷ってしまった。
石ちゃん御用達で有名なドカ食い系洋食レストラン「バーグ」の近くかと思ったら、戸部紅梅通りにあった。

きょうは、話を聞くだけにしようと思ったのに、働いているおっちゃんたち(NPO法人ナイス・ヨコハマの人たち)のノリがおかしくて、自転車にも愛着わいちゃって、ついつい購入してしまった。


▲シマノ自転車の20インチ6段ギア折りたたみ自転車。

最後の客だからおまけして7000円!
ありがとうハマのおっちゃん!

あとで、見たら、最安値13000円ほどと思ったより安い自転車でしたが、それでも大満足。
おじちゃんの愛の魔法で生き返った自転車だし。

ほんの数時間前に売れてしまった3万以上するシボレーのサスペンション付折りたたみ自転車だって、8500円だった。

古いジャイアントの自転車もこれから部品がそろえば整備するっていってました。

1ヶ月に1度、せりに出て、100台仕入れてくるそうです。
ちゃんと整備して店頭に出ている自転車は3~5台くらい。
あとは整備待ちの自転車が数十台置いてあります。
整備待ちの中から選んでキープも可能です。

NPO法人ナイス・ヨコハマ




  

2009年09月24日

★林海象監督+山本政志監督@深夜の曙町

黄金町映画祭2009@シネマ・ジャック&ベティの最終日。
日ノ出町を舞台にした幻のドタバタコメディ「アトランタ・ブギ」(1996年日本|山本政志監督|林海象プロデュース)の上映後、深夜2時すぎの曙町の老舗バーで、マスターと記念 撮影をしてもらう林海象監督。
カメラマンは山本政志監督。

わたしたちはこの後、近くにある南米系トランス・ジェンダーたちのたむろするバー に行きました。
林監督も山本政志監督もこの晩に行った場所をいたく気に入って、また横浜で撮影したい といってくれました。
日劇も、岩崎屋もマンションやパーキングになってしまったが、21世紀の濱マイク?。
また新しい若葉町周辺の映画ができたらいいんだけど。。。


▲お店は、このあたりでは一番の老舗の某所。
昭和39年、東京オリンピックの年に創業したそうです。
ブログに書かれて、興味本位の一元さんばかり増えても常連さんに悪いからということだったので、あえて店名は出しません。
レコードのジュークボックスが現役のレトロですてきなお店でした。

アトランタ・ブギのトークについては、また書き出します。
  

2009年09月20日

★お三の宮日枝神社大祭の縁日

きょうが、二年に一度のお三の宮日枝神社大祭のフィナーレだったのだが、アトリエがあったので、若葉町に到着したのは、5時すぎ。
末吉町では、まだ、最後の三本締め中であったが、若葉町ではすっかり終了した後だった。

仕方なく、久しぶりに、お三の宮まで歩いてみることにした。



▲かなり崩れた○ッキーと○ナルド




▲昨日、若葉町で拝んだ神輿は、ここに鎮座していました。
でかい。




地図を見ると日枝神社の目の前が日枝小学校。
だから、天狗さまが、日枝小学校の副校長だったわけか。